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2012年5月28日 (月)

つくレポ8件+マイレシピ2件

 しばらくの間、レポ用に写真を撮っただけで、Cookpadにアップしていませんでした…。まとめてアップしたので、リンクを貼っておきたいと思います。 まずはお野菜系。

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かぼちゃのハニーマスタードソテー
アボカドのカリカリ小エビしょうゆのせ
塩麹でニンジンの塩きんぴら
ズッキーニの醤油ドレッシングマリネ

 かぼちゃは、私はと~っても好みだったけれど、息子はマスタードの酸味がダメなんだよね…。女性向きかな。アボカドのカリカリジャコは、家族皆に大好評でした。にんじんは、甘味を加えてないのに、素材の甘さが出ていて、とても良かったです♪

 次はお肉と魚系。

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砂肝とクミンのインド風炒め
炙りサーモンの玉葱バルサミコソース
キムチとねぎの肉団子
お豆腐ハンバーグ

 うちの魚の日は、ほとんどがお刺身で、あとはアラで煮付けか鍋なんです。でも、このサーモンのバルサミコソースは月に一回は作ってると思う…。 表面をかりっとニンニクで焼き付けていますが、酸っぱい玉ねぎソースでさっぱりといただけます♪ 肉団子も、キムチ好きならおすすめの受賞レシピです(^^)v  豆腐ハンバーグは、うちではいつもこのレシピ。カレー味の砂肝も、何度も作っているおすすめレシピです。

 どれも普段に使える簡単レシピなので、お好みに合いそうなものがあれば、挑戦してみてくださいね。

repo20120528_3.jpg ちなみに、最近の自分のレシピは、こんなところです。豚タンの中華煮と、塩麹のタジン鍋。昨日、昔話題入りした胸肉レシピを、塩麹を使ってアレンジしたら結構良かったので、下書きで書き留めてあるところ…。もう一回作って良ければ、公開するつもりです。

2012年5月26日 (土)

パソコン通信

 ニフティサーブを限定的に復活…という話を聞くほど、パソコン通信が遠くなってしまった今。中島梓さんの3回目の命日(祥月命日)となりました。

 私は、高校時代から著書のファンですが、それは、数ある小説や漫画などを読む中で、グインサーガが一番好きなお話だった、というだけのこと。それよりも、中島さんとお話させていただいた経験が、私にとっては忘れられない人生の一部となったからこそ、こうやって今でも懐かしむ気持ちが出てくるのではないか…と思っています。

 当時は、インターネットや携帯電話が普及していない時代でしたので、会社と2か所の保育園と家を、分刻みで往復していた私にとって、『パソコン通信を通して中島梓さんやその仲間とお話した』時間は、『唯一外界と接していた時間』だったのです。最初の頃は、モデムアクセスでしたね…。

 今は、子育て中のお母さんでも、ネット上でつながりを持つことは容易になりましたが、当時は、自分の言葉を世の中に向けて発信するということは、極少数の、限られた人の特権だったのです。そんな時代背景の中、 尊敬していた作家である中島さんが、ファンと直接交流を持つ場を開いてくださり、10年近くお話をさせてもらったのは、私にとって本当に貴重な体験でした。

  今は、本当に本を読まなくなりました。手に取るのは、たまゆらの鏡や天の陽炎などの大正浪漫ものを、時々つらつらと眺めるくらい。本屋で、他の作家さんの本を手に取ってみても、何だか買う気がしないんですよね…。時々、グインの続きが読みたいな…と思ってしまうので、それを思い出さないように、心の中でセーブしているような感じです。

 ニフティのフォーラム招待を申請してみたけれど、「あのパティオはもうない」と思うだけかもしれないな…。でも、ちょこっとはのぞいてみようかな。

2012年5月21日 (月)

金環日食@山梨

 今日は金環日食でしたね。もうさんざん、facebookとmixiでシェアしたので今更なのですが、自分の記録としてまとめておきます。

 数日前の予報では、今日は曇りか雨ということだったので、期待しても見えなかったらつまらないし…と思って、私は日食メガネを買うくらいの用意しかしていませんでした。学校に行く息子に持たせる分と、家でだんなと見る分の二つで、合計1600円。

 ところが昨晩になって、家から1~2時間車で走れば、好天の地域に行けることが分かりました。どうしようかな…とだいぶ迷ったんですけどね。子供も6時には学校に出かけてしまうし、車が2台になっていて自分の自由になるし、新しい車はナビもついているし…。ちょっとの努力で見れるなら、行くか!と思って、夜のうちに、朝ごはんの用意や洗濯を済ませておきました。

 そして今朝4時半に起きて空をみたら、八王子は快晴。あら~なんだ、こんなに早く起きる必要はなかった、と思って、5時半頃家族で朝ごはんを食べていたんですけれど、その頃になってどんどん曇ってきてしまって…。だんなが、「八王子で晴れるのを待つのは賭けだから、甲府くらいまで行ったら?」というので、家を6時前に出発しました。

kinkan_4.jpg 雲の動きと、ナビの方向を確認しながら、完全に空が晴天の地域になるまで高速を走り、着いたところは、甲府盆地の一番外れ。双葉SAでした。7時頃着いたのですが、巨大な望遠レンズを3脚に設置した人が、もうすでに沢山…。私は小さいデジカメで恥ずかしいので、駐車場の隅でこっそり撮ることにしました(笑)

 日食メガネはだんなと半分こして、片目分だけ持参したのですが、それと自分のデジカメ (PowerShot G7) で撮った写真がこちらです。(写真をクリックすると大きくなります)

kinkan_20120521.jpg

 無事見ることができて良かった(^^)v

 ちなみに、望遠レンズのスーツのオジサマ方の周りには、若い女の子が取り巻いていて、「わ~すごい!黒点だ~!」なんて声が聞こえてました。あれだけ大きいと、相当スゴイ写真が撮れているのでしょうね。ま、私は、自分でも見れたし、これだけ撮れれば大満足です♪

2012年5月19日 (土)

ぺクの手術

 GW中、ぺクを狂犬病の注射に連れて行ったところ、たまたまが腫瘍化している、もしかしたらガン化している可能性もある、と言われました。

 去勢手術をしておけば良かった…と思っても、時は既に遅し。すぐに、手術の予約をすることになりました。

 そして昨日の朝。朝ごはんを禁止されていたので、目で「ボクのご飯は…?」と訴えているぺク。

peku_2012_05_18.jpg

 朝9時に預けてから出社したのですが、お昼頃病院から、曇った声の電話がかかってきました。血液検査で、血小板数が高かったので、尿検査もしたそうなのですが、そこで分かったのは、腎臓の働きが低下しているということ…。麻酔で悪化することもあるので、そのまま手術をしてよいかどうかの、確認の電話でした。

 でも、ガン化の可能性のあるものをそのまま置いておくわけにもいかず、去勢で前立腺の炎症も快方に向かう可能性が高いと聞いて、そのまま手術をすることになりました。

 そして、今日のお迎え。摘出したものは、ガン化の可能性は低く、病理検査には送らなかったとのことで、それは一安心でした。あとは、炎症や腎臓機能について、定期的に見ていくのだそうです。

 うちに帰ると、嬉しくてしょうがないぺクは、カラーでいろんなところにぶつかりながらも、息子と私の間を行ったりきたりしながら、かわるがわる撫でてもらっていました。散歩に行って、ご飯を食べて、やっと落ち着いてネンネです。

peku_2012_05_19.jpg

 私の足の間に入って、ひざまくら…ではないね、太もも枕で寝てしまってます。(最初自分で撮影したら、超ミニスカ状態だったので、隠してもう一回撮影したんです(笑)) あとどれくらい生きられるかは分からないけれど、もうすぐ7月で12歳。中型犬の寿命は10~15年ということなので、その時が来るまで、いっぱい甘えさせてあげようと思ってます。

2012年5月15日 (火)

30年前の教え子

 昨日と今日は、妹のお姑さんの葬儀の手伝いをしていました。そのお姑さんは、腰が痛いと整形外科に通っていたものの、一向に治らず、今月初めに内科に連れて行ったところ、すい臓がんの末期であるとの診断が…。それから10日あまり。あまりに急な最期でした。

 実はそのお姑さんに、私は学生時代にもお会いしたことがあります。義弟は、大学のサークルの同級生だったので、男女合わせて7~8人で遊びに行ったことがあるのです。(低俗な言い方をすれば、義弟は、同級生の妹に手を出したということ(^^; )それから25年以上経って、見送る立場になるとは思ってもいませんでした…。

 本当に急なことだったので、気づいてあげられなかった無念さの伝わる式でしたけれども、終わって落ちついて考えると逆に、私はこのように、子供たちに世話にならずに、ぽっくり往きたいものだ…という思いも少しあります。私の仕事は、病気を早期発見するための機械の開発ですが、確かに「今」死んで困る人にとっては、早期発見で5年10年延命できれば、それだけで意味のあることかもしれないけれど、自分は、ある程度生きたら、抗がん剤で苦しい治療を続けたり、病気は治っても認知症で家族に負担をかけるより、自然のままに最期を迎えてもいいんじゃないか…という気もします。その時になったら、どう思うかは分かりませんけどね。

 さて、前置きが本文のようになってしまいましたが、やっとタイトルの話。 

 数か月前、甥っ子が、うちの子供たちの通っている学校に入学することになったのですが、そこで名物のこわ~い体育の先生から、お父さんはどこの高校に行ってたか、と聞かれたそうなんです。甥っ子が「**高校です。」と答えたら、「もしかして、**くんではないかね!?」とのこと!なんとその名物先生は、義弟の部活の顧問の先生だったのです。

 義弟は、私ら姉妹に会う少し前、浪人して大学に入学しているのですが、それはバスケ部でしごかれて、全く勉強しなかったから…。その時の先生が、今度は東京僻地の学校で、その子供にまた体育を教えることになったということです。親子が同じ学校に通う場合は、そういうこともあるのでしょうけどね。本当に、世の中狭いものです。それにしても、30年前の教え子をよく覚えているものですね!

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