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2006年9月24日 (日)

PTAと在宅勤務

昨日の記事でPTAの話を書いたら、一気に、芋づる式にその当時のことが思い出されてしまったので、ちょっと書いておこうと思います。当時は、精神的にヤバいくらいの状態だったんですけれど、もう3~4年たって、書けるかな…というくらいには落ち着いてきているものですから。

初めてPTAを引き受けたのは、娘が小学5年生の時。それは、『次期本部役員を選出することと学級委員の補佐』をするという役員でした。でも、当時はちょうと一番娘の塾が忙しかった時期で、月・水・金は会社から午後4時に帰宅し、夕飯を食べさせるのと同時に、ご飯はおにぎりにしてお弁当として持たせ、夜は21時過ぎにお迎えに行く、という日が続いていた時でした。朝のうちに夜のお弁当を作っておくのも傷みそうで心配だったし、栄養も偏ってしまうかな、と思ってのことで、早く帰宅した分は在宅勤務をすることで補っていたのです。

ちょうど当時は、その前の年に、在宅勤務制度を実現させようと、全社アンケートや会議を積極的に開いて、最後は部長会で社長にプレゼンテーションまでして、ようやく家でも仕事ができるようになっていた頃だったんですけれど、私はパイロット運用という、『試しに運用してみて問題あったらボツにする』という、プレッシャーのある期間中でもありました。 でも、こんな公立学校に置いてはおけない、と、かなり小学校に不信感を抱いていた時期だったこともあり、申し訳ありませんが早く帰らせて下さいとお願いして、周りの方にも迷惑をかけながら出社していたのです。授業が進まないだけならともかくとして、文具などを壊されたり取られたり、クラス内で争いごとが絶えない状態で、女の子なのに毎日のように怪我や鼻血を出して帰ってきても、先生は関与せず何も連絡はないし、学級便りすら一切ない、という小学校だったものですから。

また、PTAはお昼のちょうど”休みを申請しなければならない時間帯”に設定されていたために、「ちょっと1時間外出してきます」と言うわけにもいかず、半休か在宅勤務にしなければなりませんでした。在宅勤務ということは、イコール、そのPTAに行く時間分睡眠時間が減る、ということを意味していたのですけれど、でもこれは子供1人につき1回、という義務であり、仕事だ、と思っていたので、とりあえずつつがなくこなしていました。もちろん、会議の時間をずらしてもらったり、他の人に頭を下げて出かけていくのに、「今日はあまり進展ありませんでしたねぇ…。次回の開催までに、皆さんがんばってください」、という話だけで閉会になった日は、「こんなに大変な思いをして、この場に来ているのに、これはいったい!!!!!」と思ったこともしばしばだったんですけどね(^^;。

でも、一番大変だったのが、翌年(6年)の役員が決まらなくて、5年役員がその選出の責務を負わなければならなったことでしょう。先生から、「やってない人リストと電話番号」が渡され、その中から3人選ばなくてはなりませんでした。

ある電話番号にかけたら、「現在使用できない状態になっています」というアナウンス。え?これって、電話代の支払いしないから電話が止められているってこと?

他の電話番号を回して、「奥様はご在宅でしょうか?」と言うと、「あ、あいつなら、いませんよ。もう離婚したので、一緒に住んでないから」という返答で、一瞬絶句。「失礼なことを申しまして、本当に本当に申し訳ございませんでした…。」と電話を切るしかありませんでした。

やっとつながったかと思うと、今度は人それぞれ理由はありますが、「絶対引き受けませんよ。あなた、私がどんなに毎日忙しいか分かってないでしょ!そんな昼間に学校へなんか行けるわけないじゃない!」というものばかり。何度かけても、できるだけ丁寧にお話しても、罵倒の言葉がほとんどでした。どうにもならないので、そのやってない人リストの人について、皆の前で公正にくじをします、と連絡し、しょうがないわね、と了承を得て、1ヶ月後の保護者会で決めたものの、今度は代理として出ていたおじいちゃんが「こんな決め方は許せない!」と怒鳴り込んできたり…。その数ヶ月はほとんどノイローゼ状態で、その当時を思い出すだけで胸が苦しくなるような気がするくらいです。

その翌年は、下の息子の3年学級委員として引き続き役員をしていたので、そんな大変な思いをして決めた6年の役員さんが1年間1回も出席しない、そのぽっかり空いた席を見続けることになって、それも辛かったのですね。学級委員会じたいは、同じく働くお母さんと協力しながら出席していましたし、本部の役員さんもからんでいるために、議事や進め方も内容の濃いもので、やった甲斐はあったな、というものでしたが、もうこれで終わりだから…と、どうにか乗り越えたような気分だったのです。 PTAをやる前年度までは、学童の役員を3年、保育園も通常の役員以外に(だんなが)副会長を2年していますから、ずっとできるお手伝いはしてきたつもりですし、他の働くお母さんと情報交換できて楽しかったのですけれど、このPTAだけは辛い思い出しかないんですよね…。

その後、私は大反対をしたのですけれど、本部の方針で「1人1人の負担を少なくするために、1クラスからの役員を増やします」ということになってしまい、案の定5~6年生では1回もやってない方がいるにもかかわらず、2回目・3回目を引き受けざるを得ないお母さんが増えている、という状態になっています。それで私は今年、1人1回の義務は果たした、と思っていたので、2回目をくじで引き受けさせられるかもしれない会を、初めて2回ボイコットしました。あんな思いはもうしたくない、今回は”どんなことをしても引き受けたくない”、という気分だったんです。でも、私が小学校の保護者会に行かなかったのは9年目にして初めてだったので、今でも罪の意識があって…。だからこそ、PTAのない、今の学校を第一志望に選んでくれた娘に、感謝しているのです。

私が学校を出て、就職してからすぐに結婚し、その後すぐに2回の育児休職へ突入して以来、忙しさはこのPTAと受験がピークだったように思います。復職後やこのPTAを引き受けていた時は、自分が病気だというくらいでは有休を使えなかったので、熱があっても這うように出社して、とりあえず席に座って時間が過ぎるのを待った、ということもありました。

それが今では、このようにブログを書く時間も取れ、病気だけでなく、『自分の遊びのために』有休を取得できるような状態になって、本当に生活が楽になったなぁ…と実感しているところです。 今の塾は夜のお弁当もなく、3人のお母さんで協力しているので本当にラクですし、今は就業形態も変わって「時間より成果」ということになっているので、息子が公立中に行ってPTAをすることになったとしても、少しは余裕あるかな…と思いますけれどね。

書いている時は、当時の精神状態に戻りそうでつらかったけど、とりあえず書いてすっきりしました(^^)。長文を読んで下さった方、どうもありがとうございましたm(_ _)m。

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武蔵野☆徒然日記」カテゴリの記事

コメント

読んでて涙出てきた。
もう、文章に書いてある順番に全部驚いていったわ〜!
お嬢さんの小学校のひどさったら。
女の子なのに、怪我までさせられるの?
そして父兄の質の悪さも。東京の西のほうよね? 信じられない。
きっと転校なんかも考えたんでしょうけど、ちゃんと自分で選んだいい中学にきちんと進めたんだもん、本当に素晴らしかったね。
それと仕事との両立では、もう不安と疲労でいっぱいだったでしょう。


PTAってどうしてそういうレベルの低い押し付け合いになるのかな。罵声を浴びせたり、自分だけが忙しいように啖呵切る人が勝つのよね。

あと、「できる人はなんでもできるけど、できないひとはなんにもできない」っていうのも強く感じる。
勤務医とか弁護士とか、普通PTAなんて無理でしょ!?なんて職業の人が意外と「いえ、できる部分があればお手伝いします」って言うの。
でも地元の店を数時間手伝ってるような人が「うちは忙しい、絶対できない」って金切り声あげる。

こうして並べて比較すると、せっかく生まれてきたんだから、前者、つまりできることはちゃんとやってお役に立つ人間になりたいって強く思っちゃう。
でもそんなところで意地出してても結局自分や家庭に跳ね返ってくるのよね。

最後の役員決めに出なかった雪穂さんの決断はそういうことだったのかな?と推測します。

妻が逃げたって言うんなら、おやじがPTAやればいいじゃないの(いや、そのおやじが来るってのもかえって怖いか^^;)

>マキバコさま

コメントをもらって、こんなに泣いてしまったのは初めてでした。
書いてすっきりしたつもりでいたのだけれど、
大変だったね、と言ってもらえたことが、どんなにうれしかったか…。
言いたかったけれど書けなかったことを、ずばっと明快に言ってもらえて…。
本当に本当にありがとう。

でも、そのひどかった翌年はとてもいい先生のクラスで、娘は楽しい思い出を持って卒業できたのよ。保護者会だって、保護者会に出てくるお母さんはもちろん、協力しますという姿勢の方ばかりなので、そこでそこまでの思いをしたことなんてないのよね。

やっぱり、『PTAは全員に』という姿勢が強要されると、いろんな考えの人全てを巻き込むことになるので大変なんでしょうね…。

4年前の雪穂さん、ほんとうにお疲れさまでした。とても僕にはまねできません。
忙しい人ほど、よく働らく。暇な人ほど、何もしてくれない。「仕事は忙しいやつに頼め」という言葉がありますよねぇ。
当時はきっと、誰にも愚痴をこぼさずに、踏ん張っておられたんだと思います。

うちんちの小学校は、鳥取市のど真ん中にありまして、ドーナツ化のため、クラスは学年で1または2。いずれにせよ学年が40人前後。これを6で割ると6,7人。一番下の娘は30数人でしたから、PTA役員は5年までに全員が経験します。6年のときは、もうみんなが経験ずみなので、どうなるかなって思うところですが、5年間いつも顔を合わせているので、すんなりと決まりました。ほとんどのかたは専業主婦ではありません。父子家庭、母子家庭も少なくはなく、役員になってもまったく何もしない、という人もいましたが、事情を勘案して、出来る人だけでやる、という場合もありますが、仕事を持っている人は、PTAの仕事も早くて、だらだらしてません。ですから、小さい学校は、仕事の押しつけあいは無くて、もう仕方ないので、みんな覚悟してやってますね。
運動会のあとかたづけなどは、役員でない年も手伝っていた我が家です(爆)

PTAは全員で・・・は無理です。無理はわかっているので、役員になっても何もしない人がいれば、その学年では、実務のできる人が中心になりました。たとえば、仕事が中学教諭。慣れているので仕事が早い。「何もしなくていいから」と言われたら、気が楽なせいか、すこしはしてくれますしね(笑)
低学年のうちは立候補が多い。高学年になると大変だったり、逆に、いずれ転勤するので、今のうちにしておく、という気持ちのいいかたもおられます。
え?なぜよく知ってるかって?妻がいけないときは、一応僕が出ることもあって(役にはたたない)、事情だけは知ってました。

自分のこと、書いてしまってすみません。
当時の雪穂さんに、エールを送ります。
あ、それで、一番書きたかったことは、そういう苦労をされてきたのに、その苦労が今のお顔に出ていないことが、ほんとに雪穂さんの素晴らしいところだと思います。うーむ、どうやったらそういう生き方ができるのか、教えていただきたいですね。僕の辞書には、すねる、ひがむ、やめる、たおれる、たよる、という言葉ばかりで、「耐える」という文字が無いみたいなんです(笑)

>ゆうささま
今朝はまたもや、読みながら涙が…。
皆さんのところでも、いろいろ困難なことを乗り越えながら、助け合ってPTAを運営しているのだなぁ…と良く分かりました。本当に心に染みる言葉をありがとうございました。

>その苦労が今のお顔に出ていない

でもこれはね、O型な性格のせいかも~(笑)
喉元過ぎれば熱さを忘れる、とも言うかしら(^^;

気になる言葉が一旦頭に残ってしまうと、もうそればかりがぐるぐるしてしまう性格なので、意識してその当時の会話を思い出さないようにしていたのです。あからさまな敵意を示された初めての経験だったので罵りの言葉に感じただけで、今思うとそこまでひどい言い回しではなかったのかもしれないわ(^^;。

読んでいたらわたしも苦しくなってしまいました。

わたしはただのボンクラですけど、クラスの中の役員だの係だの、ということは、実際めんどくさいしできればしたくないですけど、「誰かがしなくてはいけないこと」という考えですし、どうしてもするひとがいなければ自分がしても仕方がないかな、という考えです。
同じ役をするかたには「自分が仕切るのが好き」「偉い人(笑)と仲良くなるのが好き」というかたもいらっしゃいますが、それでも役員をしてくれるだけ立派だなと思います。
多少ウマのあわないこともありますが、それは仕事をしていても同じことですし、人間関係で悩むこともありますが、割り切って考えればいいだけですしね。

何もしないひとからヒソヒソと陰口を言われたり(多分わたしが一番いいやすいヤツだったのでしょう)文句を言ってきたり、そのくせ行事ともなると張り切って早朝から並び、こちらが仕事をしているわきで我が子の記念撮影をしたり、とそんなかたもなかにはいらっしゃいます。
立候補がいないから皆で納得してクジで決まった役員ですのに、母子家庭だからできません、フルタイムで仕事があるからできません、と結局他のかたにかえるはめになったり。だったら保育園に入れればいいのにって思いました。暴言すみません。

ただのヒラ役員だったわたしでもまだ少し傷が残っているのでしょうか。自分語りを長々とごめんなさい。
こういった苦労って、自分のためになるのでしょうか。
何か要領のいいかたのほうが、人生楽しくすごせられる、そんな気がします(^_^;)

綾子さんが言われるとおり、PTAでの役員の経験が何かいいことあるかといわれると、むつかしいですね。なーんにもないけど、やるからにはちゃんとやる。それでいいのじゃないでしょうか。やらない人に腹たてていても仕方ない。で、そういういい加減なかたたちの子どもたちは、やっぱりいい加減です。まあ、そういうことは子どもはちゃんとみてますから、自分の子どもは親の後ろ姿みてちゃんと育つ、という意味で、やっぱり意義があるわけです。

ところで、やっぱりうちんちは夫婦フルタイムで仕事は充分にできないこともあるので、運動会の後片付けは、できない分の埋め合わせでもありますが、いつもそうやって手伝う立派なかたは、他にも結構います。そういうことは、ちゃんとみる人はみてますから、そうやって勝ち得た信頼は、とても大きなものだと思ってます。あ、自分で自分のこと立派って(大爆)
立派というのは、雪穂さんにこそふさわしい言葉ですね。

>絢子さま
そうですね。私も通算で数えればかなり長いこと役員をしていたので、絢子さんと同じような気持ちになったことも多かったと思います。

でも役員て、自分がどうかというより、通っている子供たちが楽しく生活できるように…ということだと思うのですよね。だからこそ、小さい頃の役員の方がやりがいはあったような気がします(^^;。

>ゆうささま
そう、できる範囲で助け合う、という姿勢を皆が持てるのなら、それが理想なんでしょうね。奥様のかわりにPTAに出ていらしたゆうささまは立派ですよ!すごいと思います(*^^*)

あ、もちろん、ひとつの行事が終わって、そのあとのお掃除などをしたあとは、すごい達成感がありますし、
準備などで、ふだんの子どもたちの生活がみられることも、毎回とても楽しみなことでした(^^)
やっぱり子どもの笑顔がご褒美なんでしょうね~(^^)

>絢子さま
そうよね。そう思わなくっちゃやってられないわ~(笑)

ここで書いたことで、息子がどの学校に行っても、また協力しようかな、っていう気になれました。皆さんいろいろコメントやメールをありがとうございました!

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