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2013年6月30日 (日)

アメリカからの帰国とは

 日本に戻ってまいりました♪ 今日は、5列目のBASARAと、親睦会に行ってきましたが、その話題は明日、千秋楽を観てからにしたいと思います。

 今日のこの日記の題名が、「帰国しました」というタイトルではなく、「帰国するとは」という題名にしたのは、意味があります。何だかね、私にとって「帰国する」という意味が、昔と変わったな…と思ったので、そのことについて書いておこうと思って、こんな題名にしてみました。

 というのも、30年前の私にとって、”アメリカら飛行機に乗る”ということは、”親元を離れて一人で一年過ごす”ということを意味していたのです。

 当時はインターネットなどありませんから、手紙を出しても返信は早くて2週間後。宝塚の音楽学校の寮は厳しいことで有名ですが、私のいた女子高の寮も、上下関係や似たような慣習があり、6時の起床後、15分には掃除場所にスタンバイしなければなりませんでした。自ら選んだ選択ではありましたが、上下関係も厳しかったし、やはり夏休みを親元でのんびりと過ごしたのちに、飛行機に一人で乗る時は、少々感傷的になったものです。

 今回、全ての仕事が終わって、日本行きの飛行機に乗り込み、機内から空港のビルを見たとたん、気持ちは30年前にタイムスリップしてしまってね…。今回は、あのコンコースに見送る人はいないのだ、今は、日本に待つ人がいるのだ…と思ったのです。

 ちょうど、映画のリストにマンマミーアがあったので視聴していたのですが、ABBAのThe Winner Takes It Allや、Dancing Queenは、アメリカに行った妹から送ってもらったテープに入っていて、大好きだった曲…。エレクトーンで良く弾いていたし、この曲を聴くだけで寮時代に帰ることができるくらいの曲でしたので、何だかダブルパンチだったんですよね…。

 会社の人からみたら、入社して25年も経ってから、初めて海外へ行ったように見えると思うのですが、私にとっては、遠い記憶の夢の中に戻ったような、そんな感覚の旅でした。行きはそれでも、これから終えなければならない仕事と、英語での生活に緊張感があったのだと思いますが、帰りはゆっくりと自分を見つめ直す、いい時間でした。

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コメント

ご両親から離れて生活していたなんて・・・

私のいとこも、全寮制の中高に通っていて、すごいな~と思っていましたが、やっぱり寂しいですよね。

でも、それもあって雪穂さんの、とってもしっかりした人格があるのでしょうね!
本当に、尊敬することばかりですconfident

>ちぃさま

いえいえ…全然しっかりなんかしてませんよ~。
感傷的になるのは帰国の時だけで、寮生活はそれなりに楽しんでいましたwink
適応能力はあるみたいです(笑)

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